大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

松山地方裁判所八幡浜支部 昭和61年(ヨ)10号 判決

債権者 甲野太郎

〈ほか一二名〉

右一三名訴訟代理人弁護士 南健夫

債務者 町見漁業協同組合

右代表者理事 重岡雅樹

右訴訟代理人弁護士 曽我部吉正

主文

債権者らの申請をいずれも却下する。

申請費用は債権者らの負担とする。

事実

一  申立

債権者らは、「債務者が伊方原子力発電所第三号炉増設漁業補償金額明細書及び同漁業補償金支払明細書に記載する債権者らの配分金額及び支払金額を公開してはならない。」との裁判を求め、債務者は主文同旨の裁判を求めた。

二  債権者らの主張

1  債権者らは債務者の組合員である。

2  四国電力株式会社(以下、四国電力と言う)は、昭和五八年一月ころ伊方原子力発電所第三号炉(以下、三号炉という)の増設を計画し、そのころから関係漁業権(伊共第一四〇号及び同一四一号各漁業権)消滅に関する補償について関係漁民の意向を打診してきた。これを受けて債権者らを含む債務者の組合員らは、漁業権補償交渉並びに補償金額の決定及び受領金の配分等の権限を債務者及び各地区の組合員によって選ばれた交渉委員に委任した。

3  債務者及び各交渉委員は、その後四国電力と交渉を重ね、その結果昭和五九年六月三〇日四国電力が債務者に漁業補償金二八億五〇〇〇万円を支払うこととなり、債務者は同年七月一七日右金員を受領した。

4  その後債務者は、全組合員の同意を得て配分委員会を設置し、配分基準を作成して全組合員に提示したところその承認を得られたので、それに従って関係組合員全員にその補償金を交付し、関係組合員は全員これを異議なく受領した。

5  ところが債務者は、昭和六一年三月一七日開催された債務者の総会において、賛成五一票、反対三五票、無効一票で「三号炉増設漁業補償金支払明細書並びに補償金支払明細書を公表する」との議決がなされたとして、これに基づきこれらの関係書類を公表しようとしている。しかしながら、右議決には次の様な瑕疵が存するのであり、その効力は生じない。すなわち、総会の議決が成立するには、正組合員の二分の一以上が出席し(定款四一条)かつ出席正組合員の過半数の賛成が必要である(同四三条)ところ、当時の正組合員数は一六九名であり、右議決には議決権を有しない准組合員が一〇名以上加わっていたのであるから、この点においても、また出席正組合員の数においても右議決は違法・無効といわざるを得ない。

6  そもそも、四国電力からの補償金が組合員個人にいくら配分されたかというようなことは、個人の秘密に属することでこれをみだりに公開されない法的保障ないしは権利があるというべきである。すなわち、これが公開されると、漁業権の根拠及びこの行使の内容を知らない者がその補償金額を異常に高く評価し、羨望の余りいわれなき中傷・嫌がらせを加えることがあることは顕著な事実であり、また配分基準に従う配分であるとはいえ、配分基準に差がある以上各組合員の受取金額にも差のあることは当然であるが、このことから組合員相互の間で無用の軋轢が生ずることも危惧され、公開により債権者らには有形無形の損害が生ずることになる。このような点からして、債権者らの個人配分額を公表されない権利は、債務者の総会による議決によっても侵すことはできないと解すべきである。

7  実質的に考えても、漁業権はすべて漁民たる組合員に帰属するものであり、漁業権の消滅補償に関する交渉は本来四国電力と各漁民との間ですべきであり、本件の場合たまたま債務者が全組合員の委任を受けて補償交渉に関与したものである。従って、債務者は補償金の配分にあたっても委任者たる組合員の意思に反することはできず、その金額の公表についても同様である。ほとんどの組合員は公表に反対との意思を債務者に伝えているのであるから、債務者はこれらの意思を尊重すべきである。また、債務者の補償交渉及び補償金の配分は、その都度全組合員の個別的合意に基づいてなされたものであり、その内容に疑義をはさむ余地はないし、仮に各委員の手当並びに記念品代等組合員らに対する配分金以外のいわゆる経費につき疑念があり、これをただす必要があるとしても、それは債務者の総会もしくは債務者により選出される監査委員または特別監査委員による監査とその結果の公表により十分に目的を達することができ、債権者らの受領金額が記載されている関係書類を公開する必要は全くない。

8  以上のとおり、債権者らは補償金の配分額についてこれを公開されない権利を有し、かつ債務者がこれを公開する必要性もないところ、本案判決前にこれらが公開されれば、前述のとおり債権者らに損害が生ずることになりこれらは回復困難なものであるから、債権者らは本件仮処分を求める。

三  債務者の主張

1  四国電力との間の漁業権補償交渉及びその補償金の配付権限は全て債務者の固有の権限であり、個々の組合員の委任に基づくものではない。すなわち、本件で問題となった伊共第一四〇号及び同一四一号各漁業権は、漁業協同組合である債務者の有する共同漁業権であり(漁業法一四条八項)、債権者ら債務者の組合員は漁業権を行使する権限を有するに止まる(同法八条)。従って共同漁業権の管理・処分権は債務者のみが行使できるものであり、本件でも漁業権放棄の代償としての補償請求権及び補償金受領は債務者に帰属するものであって、債権者ら主張の様に債権者らの代理として行なったものではない。そして、右補償金は組合員の持つ収益権の喪失を補償する目的で支払われたものであるから、債務者は受領した補償金を公平かつ適正に組合員に配分する義務を負担する。本件では債務者の総会決議により配分委員会を設置して配分作業を行なったが、これは債務者固有の作業とみなされるべきである。

2  債務者は、昭和六一年六月五日に臨時総会を開き、そこで、出席した正組合員(正組合員数一六八名中一二二名)全員の賛成で、「個人配分額を組合員の中で発表する。発表は個人配分額と配分に要した全諸費用とし、諸費用の中で個人に支払われたものはその個人の配分額とみなす。」との決議がなされている。この決議にあるような発表は、団体として当然のことであって内部問題にすぎず、そもそも法の規制になじまないものである。

3  仮に右発表が法律問題であるとしても、本件では総会において補償金が正当に配分されているかどうかについて疑問視する発言がなされているのであり、総会決議があれば、補償金の管理・処分についてはその利益の享受者である各組合員に配分先並びに経費の使途を明らかにするのは、補償金を公正かつ適正に配分する義務のある債務者としては組合の秩序維持の点からも当然のことである。各組合員は、配分基準の適正さ並びにそれによる個人配分額が適正であるかどうかを知ってこれを看視する権限を有するのであって、各組合員は配分基準及び個人の配分額を知る権利がある。また、本件決議は組合内部での公表を決議したものであり、そもそも債権者らがいうところの公開にもあたらないものである。

四  《証拠関係省略》

理由

一  債権者らが債務者の組合員であること、四国電力が昭和五八年一月ころ三号炉の増設を計画し、それに伴なう伊共第一四〇号及び同一四一号各漁業権消滅に関する補償について債務者との交渉を重ね、その結果昭和五九年六月三〇日四国電力が債務者に漁業補償金二八億五〇〇〇万円を支払うこととなり、同年七月一七日債務者が右金員を受領したこと、その後債務者は、全組合員の同意を得て配分委員会を設置し、全組合員の同意を得た配分委員会作成の配分基準に従って関係組合員に対しその補償金を交付したこと、債務者の定款によれば、債務者の総会での議決が成立するためには正組合員の二分の一以上が出席しかつ出席正組合員の過半数の賛成が必要であること、昭和六一年三月一七日開催された債務者の総会で、その決議の効力はさておき、賛成五一票、反対三五票、無効一票で「三号炉増設漁業補償金支払明細書並びに補償金支払明細書を公表する」との議決がなされたこと(以下、この議決を三月議決という)、昭和六一年六月五日に開催された債務者の臨時総会で、出席正組合員(正組合員数一六八名中一二二名)全員の賛成で、「個人配分額を組合員の中で発表する。発表は個人配分額と配分に要した全諸費用とし、諸費用の中で個人に支払われたものはその個人の配分額とみなす。」との議決がなされたこと(以下、この議決を六月議決という)、以上の事実については当事者も特に争わないからこれらの事実を前提に判断する。

二  まず、本件漁業権消滅に関する四国電力との補償交渉の権限が、債務者の組合員個々に属するものか、あるいは債務者固有のものかにつき検討する。

本件で補償の対象となった漁業権は、漁業法六条に規定する共同漁業権であるところ(本件全資料によってもこれに反する証拠はない)、同法はその一〇条で「漁業権の設定を受けようとする者は、都道府県知事に申請してその免許を受けなければならない。」と規定し、一四条八項で「共同漁業の免許について適格性を有する者は、漁業協同組合又は漁業協同組合連合会である。」とし、更に八条一項で「漁業協同組合の組合員は、当該漁業協同組合の有する共同漁業権の範囲内において漁業を営む権利を有する。」旨定めている。これらの規定に照らせば、本件補償の対象となった共同漁業権が債務者の個々の組合員ではなく、債務者そのものに属することは明らかというべきである。そうだとすると、本件の漁業権喪失にともなう四国電力との補償交渉は債務者がその固有の権限として行なったと解するのが自然で、《証拠省略》(債務者と四国電力との漁業補償契約書)もこれを裏付けるものであり、債権者ら主張の四国電力との補償交渉の権限は債権者ら債務者の組合員個々に属するとの見解は採用できない。なお、《証拠省略》(収用証明書)には、本件補償金が債権者ら個人が漁業権を喪失した対価であるかの様な記載が存するが、中村証言によれば右証明書は単に税金の申告のために用いられたものと解され、前記判断の妨げになるものではない。以上の次第であるから、四国電力から債務者が交付を受けた補償金額の管理・配分についても、その権限は債務者にあるというべきである。

三  そこで進んで、補償金配分の公開につき検討する。前記のとおり、補償金額の配分・管理については債務者にその権限があるのであるから、補償金配分についてこれを公開すべきかどうか、あるいは公開するとした場合の方法や手段については、基本的には債務者の意思に委ねられている、すなわち債務者の最高の意思決定機関である総会の決議によるべきだと考えられる。ただ、その決議の内容によって債権者らの権利が著しく侵害される結果をもたらすような場合は、債権者らに法的救済手段が認められて然るべきであるので、まず公開についての前記争いのない総会の決議の効力につきみていくこととする。

まず三月決議についてであるが、《証拠省略》を総合すれば、右決議には議決権のない准組合員が少なくとも六・七名は加わっていたことが明らかであり、従ってこの点においてもまた議決に必要な定足数においてもこの決議は債務者の定款に違反するものといわざるを得ず、その効力は否定的に解すべきである。次に六月決議については、《証拠省略》を総合すれば、右決議は何らの瑕疵なく成立したことが認められる。従って、以下六月決議に基づく補償金配分の公開につき債権者らにその差止を求める権利があるかどうかを考察する。

債権者らは、公開の差止を求める根拠として、①漁業権はすべて漁民たる債権者らに属するものであるから、補償金配分の金額の公表についても債務者は各漁民の意思に反することはできない、②ほとんどの組合員は公表に反対との意思を債務者に伝えているのであるから債務者はこれらの意思を尊重すべきである、③債務者の補償交渉及び補償金の配分は、その都度全組合員の個別的合意に基いてなされたものであり、その内容に疑義をはさむ余地はないし、仮に各委員の手当並びに記念品代等の経費につき疑念があるとしても、これをただすには債務者の総会もしくは債務者により選出される監査委員または特別監査委員による監査とその結果により十分に目的を達することができる、④配分金が公表されると、第三者からいわれなき中傷・嫌がらせを加えられ、または組合員相互の間で無用の軋轢が生ずる、というような点を主張する。しかしながら、①についてはその失当であることは既に述べたとおりであるし、②についても、六月決議が出席した正組合員一二二名全員の賛成で議決されていること、記録上明らかである本件申請が当初八八名の債権者によりなされたが、その後取下げが相次ぎ、現在は債権者数が一三名に減少したことなどに照らし、現段階ではほとんどの債権者が公表に反対との立場をとっているとは認め難いところである(むしろ公表に賛成の組合員の方が多いというべきである)。次に、③についても、《証拠省略》によれば、組合員の中には、必ずしも配分が適正になされたとは思っていない者、あるいはそれが適正になされたかどうかを知るために補償金配分の公表を望む者も存することが認められ、また配分の疑念をただす方法としては債権者らの主張するような方法ももとより考えられるが、どのような方法をとるかという点についても基本的には債務者の自治に委ねられているというべきであり、六月決議の様な公表をするという方法が不合理なもので許されないとは解されない。最後に④についてであるが、このような損害が生ずるという債権者らの主張・立証はやや具体性に欠ける感を否めない。確かに公表の手段・方法によってはそのようなことも考えられるが、六月決議は、「個人配分額を組合員の中で発表する。」との内容であり、このような手段・方法による個人配分額の発表公開が債権者らの重大な権利侵害をもたらすことを裏付けるに足る証拠は存しない。

四  以上の次第であり、債権者らの本件申請はその被保全権利を欠くものであるからこれを却下することとし、申請費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 氷室眞)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例